プロジェクトリーダーの想い

幸せに必要なものは、自分自身のすぐ目の前にある。

これは、僕が自信を持って言えることです。

しかし、最初は全くそんなことは思ってもいませんでした。

それに気がついたのは、この美浜町の大自然と愛する妻と大切な3人の子どもたちとの掛け替えのない生活があったからです。

外資系の営業マンだった20代の僕が当時描いていた理想の生活は、大きな家に住み、高級車を乗り回し、行きたい時に海外旅行に行ける、お金で手に入れられる幸せでした。当時の僕は、それを本気で最高の幸せと考えていたのです。

お金を手に入れるためには自分を成長させなければならない。そう思って、自己啓発にも夢中になりました。

ですが、どんなに自分なりに努力しても、一向にお金が手に入れられないどころか、人生も上手く行きません。

僕の人生を変えた一言

その時に、僕の人生を変える一言がやってきたのです。

「たくさんの人を喜ばせることができなければ、お金なんか入ってこないだろう。お前は、自分のことしか考えていない」

雷に打たれるような衝撃とはこのことかと思いました。
振り返っても当時の僕は、「誰か」を喜ばせることなんて考えていませんでした。

だから、まずたくさんの人を喜ばせるにはどんな手段があるのかを考えたところ、行き着いたのが農業だったのです。

真逆の生活のはじまり

それでも、まずやってみようと思って開墾を始め、水を引き、田んぼ作りを始めました。

今まで、夜中の2時3時に接待から戻って眠り、スーツで綺麗なオフィスに仕事へ行く生活だったのに、朝5時に起きて長靴をはき、泥だらけになりながら田んぼの世話をしている自分。

真逆の生活でした。
しかし、それがなんとも気持ちが良かったのです。
山間から差し込む朝日、そのまま飲めるような新鮮な湧き水、思い切り吸い込みたくなるような美味しい空気、生きることに必要なものが、すべてそこにあったのです。

「僕が本当に欲しかったのはこれなんだ!」心が躍りました。

命の恵みの中で生かされている

ちょうどその頃、勤めていた会社でも転機があり、僕は仕事を辞めました。
妻は驚いていましたが、農業に没頭して何より楽しそうにしている僕を応援してくれました。

そして、中学生を筆頭に3人の子どもたちも、この自然に育ててもらっています。
今は子どもたちを取り巻く問題は複雑になっていますが、生まれた時から自然に親しんで育つ中で、親バカかもしれませんが本当に良い子たちに育ってくれています。

毎日を自然の中で過ごし、農業という命の恵みの中で生かされていることに感謝する生活を送る中で、いつの間にかできている心の殻がなくなっていくからだと思います。

これは、サラリーマンを続けていたら、きっと気がつかなかったでしょう。

願い・・・

僕の願いは、この美浜の自然環境を維持しながら、生きづらくなっている人々や子どもたちのための居場所づくりを農業を通して行うことです。そして、僕自身の大切な子どもたちが口にする食べ物や水が、いつどこへいても安心できるようになることです。

日本はかつて、家族みんなで畑や田んぼで食べ物を作っていました。
今行っている精神疾患の方と行う農業と福祉の連携に加えて、家族の絆が感じられるような取り組みもしていきたいです。

この美浜町でできることはたくさんあります。
そして、生きていること自体が感謝できる瞬間が、農業を通してきっとたくさんの方に感じて頂けるのではないかと信じています。